体育大会/体育祭の記録 ~ 1982年(昭和57年)

開催月日

4月25日(日) 天候 晴れ 降水量記録無し 最高気温 18.1℃

年次

3年生 高35回  2年生 高36回  1年生 高37回

場所

市営陸上競技場

軍制

7軍制(赤軍、白軍、緑軍、黄軍、青軍、紫軍、桃軍)

軍装飾

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スローガン

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競技

 

コメント

「体育祭をおえて」  実行委員長 宮越 英雄
 なぜ自分は、体育祭実行委員長という自分の効力を越えた任務を引き受けてしまったのだろうか。体育祭を終わっても何の充実感も満足感もなく喜びもなかった。自分の方針から実行委員は、たとえ三年生であろうと競技に参加できなかったが、果たして納得できただろうか。体育祭に参加した全ての人は、満足できただろうか疑問である。
 我が校の体育祭は例年規模の大きさと華やかさを誇る。それは生徒1人1人からの自然発生ではなく実行委員会の企画でもない。各軍で組織された十数名の応援団員によって生まれるのである。つまり今までの我々は、単なるモルモット的存在でしかなかったかも知れない。今までのように体育祭を盛り上げ、表面を飾るためならそれも仕方ないか。けれどもそんなものは、我々の体育祭ではない。参加者全員が得るものがなくては我々の体育祭と言えるはずがない。
 自分は確かに今までの伝統を崩すために企画をしたつもりが何1つできず、結局過去を否定しながらもその前にひざまずき妥協してしまった。体育祭は終わった。失敗とはいえ自分に残してくれたものがある。それは山ほどの反省、能力の限界と悔しさ、それに……。否、自分はまだ救われる。残すものがあったから。けれども満足感も悔しさもなく、ただ漠然と終わりを告げた人はどうすればよいのか。
 体育祭が終わった!結果はどうあれ、とにかく終わった。 (「何時の希望を星につなげ」第2号)(創立110周年記念誌 186ページより)

 

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